金戒光明寺(くろ谷)

紫雲山金戒光明寺(通称 くろ谷)は、京都市左京区黒谷にある浄土宗大本山である。
寺伝によると、承安5年(1175)、法然上人が浄土宗の確立のために、比叡山西塔の黒谷にならって、この地に庵を結んだのが当寺の起こりと伝えられている。
以降、浄土宗の念仏道場として栄え、後光厳天皇(1338-1374)から「金戒」の二字を賜り、金戒光明寺と呼ばれるに至った。

山門楼上の勅額「浄土真宗最初門」は、後小松天皇の宸翰で、元祖法然上人が最初に浄土の教えの真実義を弘められた念仏発祥の地との意を賜った(1428年)もので、東西本願寺などの宗派名ではない。
御影堂(大殿)は、昭和19年(1944)に再建されたもので、内陣正面には宗祖法然上人七十五歳三昧発得(さんまいはっとく)の御影(座像)が奉安されている。
また脇壇には、吉田寺(廃寺)の旧本尊と伝えられる千手観音立像(吉備観音)と中山文珠が安置されている。
吉備観音は、千二百余年前、遣唐使吉備真備の難を救った観音として知られている。
運慶作と伝えられる獅子に乗った文珠菩薩像は、今は無き中山宝幢(ほうとう)寺の本尊であったことから、中山文珠と呼ばれる。
平敦盛を討った熊谷直実が法然のもとで出家したことから、御影堂前には、熊谷直実 鎧掛けの松がある。
阿弥陀堂は、慶長十年(1605)豊臣秀頼により再建された。本尊は、恵心僧都源信の最終作で、源信が彫刻に必要なノミを納めて仏像彫刻を止めたというので、「ノミおさめ如来」と称されている。
御廟には法然上人の分骨が納められており、廟前には熊谷蓮生坊(直実)と平敦盛の供養塔二基が建てられている。→ 須磨寺 熊谷直実、平敦盛供養塔
三重塔は、徳川秀忠公の菩提を弔うため建立された。

寺宝として、山越阿弥陀図や地獄極楽図等の屏風、伊藤若冲の鶏図、法然上人直筆の一枚起請文など多くの文化財を有している。
法然上人鏡の御影は、法然上人の弟子で絵が得意であった勝法房が、上人の姿を描き賛を求めたとき、
法然がこれを見て、鏡二面を左右の手に持ち、水鏡を前にして姿を映し、似ていないところを直して返したとの逸話が残っており、毎年4月25日の命日法要で内拝ができる。

墓地内には、五劫思惟佛、筝曲開祖八橋検校の墓、お江(徳川秀忠夫人崇源院)供養塔徳川忠長供養塔春日局供養塔などがある。
境内北東には、会津墓地があり、幕末の会津藩の戦死者たちが祀られている。
京都市内主要ターミナルから京都市バスで岡崎道下車、徒歩10分。参拝者用の駐車場がある。



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